昭和22年春、狸小路2丁目に登場した「だるま軒」。富山に生まれ、東京の中華の修行を積んだ西山仙治が開いた屋台が24年に二条市場の一角に空き店舗を見つけ、屋台と同じ屋号の「だるま軒」を構えるが、それが今も同じ場所で暖簾を掲げている「だるま軒」である。
西山仙治が 伝説の一人に数えられるのは、麺づくりに類い稀な才能を発揮したからだ。
西山仙治がつくる麺はたちまち評判になり、あちこちの屋台からも注文が舞い込むようになっていった。やがて主導では追いつかなくなり機械を導入、人手を増やして「だるま軒
の製造部門として、本格的に製麺業にも乗り出していった。この麺がやがて多くの老舗のラーメン店がこぞって使うようになり、やがて全国に札幌ラーメンの名を轟かすことになる。 |
| 当時の「だるま軒」は「1日に100人以上、休日には800人以上、時には1000人以上のお客さんがきました。」 |
| 味は創業以来かわっておらず、具に正月料理に使う伊達巻きを用いているのも創業時からのもの。 |
| 戦後、食糧難であえぐ札幌の街にふらりと現れた麺作りの天才・西山仙治が残したラーメンへの熱き思いは、今も二条市場の一角で、しっかりと息づいています。 |
| |

多いときには18人もの住み込み従業員を抱え、昼と夜の交代制で客をさばいていました。